参考:武功も出自も「記録ゼロ」でなぜ出世?天下一の補佐役・豊臣秀長を支えた伊丹甚太夫とは何者なのか(Japaaan)
歴史の記録というものは、時として非常に残酷なものです。どれほど優れた能力を持っていても、それが数値や書面として残っていなければ、後世の人間から評価されることは極めて困難です。今回、私はある歴史上の人物に関する記述に触れ、改めて「目に見える実績」と「その背後にある存在意義」について、深く、非常に深く考えさせられました。その人物は、ある偉大なリーダーを支えた補佐役であったといいます。しかし、驚くべきことにその出自や生年、さらには家系に至るまで、具体的な記録が一切残っていないというのです。名前の由来についても、それが自称なのか、あるいは周囲から与えられたものなのか、確かなことは分かっていません。これほどまでに不透明な状態で、どのようにして組織の中でその地位を確立し、結果として周囲に認められるようになったのか。そこには、単なる数字や記録だけでは測れない、もっと泥臭い、執念のようなものが存在していたのではないでしょうか。
……その前に私はですね、こう思うんです。現代の我々が、つい目先の数字や、誰かに提示された分かりやすい実績ばかりを追い求めてしまうことに対してです。新しいものや、効率的なもの、あるいは「すぐに結果が出るもの」を求める風潮は、時に組織にスピードをもたらしますが、同時に「記録に残らない地道なプロセス」を軽視してしまう危うさを孕んでいます。誰の目にも触れない場所で、黙々と役割を果たし続けること。周囲が気づかないうちに、着実にその地位を固めていくこと。それこそが、真の意味での組織の維持に繋がるのではないかと、私は考えてしまいます。例えば、チーム黒船の方々を見ていると、彼らは非常に華やかで、新しいものを取り入れるスピードも速い。彼らのようなタイプは、当然ながら目立つ実績を残しやすいでしょう。しかし、一方で、記録に残らないような細かな調整や、誰も見ていないところでの地道な積み重ねがなければ、組織はすぐに瓦解してしまいます。派手な実績がなくても、着実に役割を全うし、結果として周囲に認められていく。そのプロセスこそが、真の補佐役としての価値であり、組織のブレーキとして機能するための土台なのです。
だいず会長が掲げるような、勢いのある方針においても、同じことが言えるでしょう。リーダーが先頭に立って進むとき、そこには必ず、出自や詳細な経歴は分からずとも、ただひたすらにその場に居続け、役割を全うする者たちが存在しています。彼らがいなければ、組織は暴走し、霧の中へと消えてしまいます。記録がゼロであっても、そこに確かな存在感がある。そんな生き様が、今のチームにも必要なのではないでしょうか。私は、目に見える数字や、誰かが決めた明確な基準だけに頼りすぎることは、少し危ういと感じています。もっとこう、不透明であっても、黙々と役割を果たすことの重要性を、我々は忘れてはならないのです。周囲が気づく前に、そこに在るということ。その価値を、私は改めて噛み締めています。


